鉄道インフラの未来を切り開く
世界初方式のホームドアへの挑戦

日本が世界に誇る、新幹線をはじめとする鉄道システムの先進技術。ナブテスコはその車両の基幹部品であるブレーキやドア、そしてホームドアの開発によって、鉄道インフラの安全を高水準の技術で支えてきた。

今回、ナズテスコに与えられた新たなミッションは、世界初方式のホームドアの開発である。大阪駅に設置する全面ガラス張りのフレキシブルフルスクリーンホームドアは、自在にホームドアが動き、ドア位置の異なるあらゆる列車への乗り降りを可能とする。そして、本体に埋め込まれた大型サイネージには、最新の列車情報が流れるまったく新しいタイプのホームドアで、“未来の駅”の象徴と言える存在だ。開発困難といわれたこの製品を、数々のプロジェクトを共にしてきたJR西日本グループの皆さんとのオープンイノベーションによってついに完成させた。

プロジェクトは部門を横断し、新旧問わずさまざまなメンバーで構成され、当社のイノベーションの起点である情熱と技術の継承の一助となったと言えるだろう。世界初方式のホームドア誕生の舞台裏を、6人のイノベーターとともに辿る。

辞退から始まったプロジェクト。

フレキシブルフルスクリーンホームドアの開発プロジェクトが発足した経緯について教えてください

新山:これまで在来線や新幹線用ホームドアの導入などで長くお付き合いのあった、JR西日本グループの皆さんからお声がけをいただいたのがきっかけです。大阪駅北地区「うめきたエリア」では新しいまちづくりの構想があり、その一環としてJR西日本の大阪駅うめきた地下に新しいホームを設置することに。関西の玄関口にふさわしい“未来の駅”を目指し、世界を驚かせるホームドアにしたいというお話でした。

片山:最初にお話をいただいたのは、2017年3月頃でした。うめきた地下の新ホームは様々な車両が入線するため、どんな扉位置の車両でも乗り降りできる開口を備える必要があります。また快適な駅空間を実現するため、貨物列車通過時の列車風・騒音対策などを考慮する必要もあり、数多くの課題がありました。当時は、そんな製品を完成させて運用を実現できるイメージがまったく持てず、申し訳なく思いつつも一度はお断りさせていただきました。当然ですが、引き受けたからには絶対に完成させなければなりません。この段階では「やります」と自信を持って言うことができませんでした。

一度辞退した後、開発に踏み切ったのはなぜですか

片山:次にお話をいただいたのは1年後でした。別プロジェクトとして携わっていた新幹線用ホームドアの立ち合い検査後に、「実はもう一つ大事な話があります。」と切り出され、再びご相談をいただきました。JR西日本さんはこの1年の間に検討を進められていて、ドアのイメージ図や開口パターン、各扉のサイズなど基礎となる構想案やアイデアができあがっていました。お話を伺い、実現可能性を感じたのですがどこか不安もあり、すぐに「やります」とは言えませんでした。しかし、JR西日本さんの本気度が伺え、「もし他社がこのホームドアを完成させたら、国内での圧倒的な優位性※を失うだけでなく、これまで築きあげてきたJR西日本グループの皆さんからの信頼さえも失ってしまう」と危機感を抱き、その日のうちに引き受けることにしました。そこから、価値共創パートナーとして、世界初方式のフルスクリーンホームドアの実現に向けたチャレンジが始まりました。

フルハイト式ホームドアの国内シェア約95%(当社推計)

プロジェクトに携わることが決まったときのメンバーそれぞれの気持ちをお聞かせください

新山:実は、これまでに当社の中でも、フレキシブルタイプのホームドアを作りたいという思いはあり、試作品を作ったこともありましたが、実際に挑戦できる案件がありませんでした。今回のお話を聞いたときはチャンスだと思いましたし、嬉しかったですね。そして、私たちのビジネスの成長にもつながる仕事だと感じました。ただ、難易度は非常に高いので、正直不安も大きかったです。

阿久津:お声がけいただいたとき、システム面の課題になりそうな入線車両判別は、過去案件のノウハウも蓄積していてある程度自信はありました。ですが、複数のドアを連動させる仕組みや制御装置の構成については設計のイメージができず、苦戦しそうだと感じていました。

井上:私は自分から手を挙げて参加しました。同じ部署のメンバーが担当していたのですが、私の頭の中にもアイデアがあったので案件を交換してもらいました。当初はなんとかなるだろうと楽観視していたのですが、想像以上に大変でした。

坂口:メンバーに加わる前から興味があったので、2次試作機ができたタイミングで声をかけてもらったときは嬉しかったですね。今思うと怖いのですが、当時は不安などなく、期待の気持ちでいっぱいでした。

一柳:私は施工から参加したのですが「何かすごく大変なプロジェクトが動いているよ」という噂は耳に入っていました。まさか自分に声がかかるとは……。すでに搬入作業と機器の取り付けも始まっていましたが、ソフトウェアは未完成で、課題や懸念も山積みだったので、全てがうまくいくのかとても不安でした。

フルスクリーンホームドアの構造

上が全ての扉が閉じた状態。普通車両・特急車両では扉の位置・数が異なるため、開口する位置を変える必要がある

フルスクリーンホームドア主要パーツ

①ヘッダーボックス
LEDサイネージに列車情報とドアが開く位置をラインで表示。どの場所で待てば良いか瞬時にわかり利用者に配慮
②2Dセンサー
安全のため検知エリアに人が近づくと扉が停止する
③親扉
列車情報・注意喚起・広告等を表示する65インチ大型サイネージ付き
④子扉
中央の親扉と両側の子扉が一体となって動く
⑤ガイドレール
段差がなくバリアフリーにも配慮。溝はヒールも入らない細さになっている

机上と現実の乖離を埋める、探究心。

設計段階ではどのように開発を進めていきましたか

阿久津:2018年にJR西日本さんからいただいた構想設計をもとに、2019年までの1年間でまず1次試作機を作りました。最初はとにかく必要なところに開口を作る「動き」だけにフォーカスしました。本来は装置の大きさや設置方法などの検討も必要なのですが、それらを考える余裕はなかったですね。そのくらい「動き」の実現難易度が高かったのです。

新山:設計を詰めていけばいくほど、実現不可能という答えしか出てこなくなり……設計提出の期日も決まっていたので焦りました。中でも難しかったのは扉の走行機構でした。通常、フルスクリーンタイプのホームドアは自動ドアと同様に戸車で走行します。今回のホームドアの親扉と子扉の関係は腰高式ホームドアの戸袋と扉の関係に近かったので、当初は扉の走行機構にリニアガイド方式を検討していました。しかし、扉の厚みや耐荷重の課題を解決できず。悩んでいたときに上司から「もう一度、戸車方式で検討してみた方が良いんじゃないか」と助言いただき、戸車方式の採用に発想を切り替えたことが転機となって、実現可能というゴールが見え始めました。

井上:1次試作機は報道陣にもお披露目することになっていたのですが、限られた時間の中で最低限の「動き」はなんとか見せることができました。ただ、そこから運用を念頭においた「動き」を実現するにはいくつものブレイクスルーが必須で、2次試作では振り出しに戻りまた最初から、という感覚でしたね。

リニアガイド方式

戸袋が各扉をリニアガイドで支えている

戸車方式

それぞれのドアが戸車で支えられている。各扉を天井から吊るすことで荷重を分散し、軽量化・構造の簡素化を実現

2次試作機の開発ではどのような苦労がありましたか

井上:特に解決が難しかった課題は、2つの隣り合うユニット同士の隙間を空けることなく、同じ方向に動かすことです。1次試作ではユニット同士の速度を制御して、離れずに動作するように試みました。しかし、扉には微妙な個体差があり、高精度で均一に動かすことが難しく、動いている最中にユニット同士に隙間ができてしまいました。机上ではうまくいく計算でも現実ではうまくいかず、一時は動作制御について四六時中考えていました。そんな中で、「電磁ロック機器を用いると現実的な制御に落とし込める」と思いあたりました。ただ、ほぼ完成していた設計に新たに電磁ロック機器を組み込まなくてはならず、機械設計の新山さんたちが量産開始が迫る中、必死に間に合わせてくれました。

新山:設置と運用を考慮し設計を一から見直しました。例えば、扉の足元にある3本のガイドレール溝です。当初は17mmの幅だったので、ヒールを履かれた方が乗車される際のつまずきのリスクなど、安全面でのご指摘をいただきました。新しい機構ですから、安全性の基準も自分たちで探る必要があります。Webでヒールのサイズや形状を調べるところから始め、実際に靴屋でハイヒールを見て回ったり、JR西日本さんとも協議し、最終的にはピンヒールも入らない5mmに設定しました。

(左)1次試作機で使用したレール(右)実際のホームドアのレール

新山:デザインも機能性と見た目の美しさの両立にこだわり、一次試作から大きく見直しました。機能面では、フルスクリーンホームドアの上部ボックスの前面下部を斜めにカットすることでサイネージを見やすくするとともに、圧迫感を軽減するようスリム化しました。上部ボックスには、多数の機器やケーブルが収納されます。それらを全て収めたうえでボックスの断面積を10%削減する必要があったのでとても苦労しました。また、腰高式ホームドアは白が基調となっていますが、今回のフルスクリーンホームドアでは黒を採用しています。ガラスで透過する暗い線路部との調和も考慮して落ち着いた印象を与えつつ、親扉にあるサイネージが美しく映えるよう意図しています。細かい部分まで自分たちで考えて、作っていくプロジェクトでしたね。

(左)一次試作次の上部ボックス(右)スリム化を実現した現在の上部ボックス

経験を生かして、あらゆる懸念を解消する。

製品完成後の施工に関しては順調に進んだのでしょうか

坂口:施工段階でも課題が多くありました。湿度が99%まで急上昇し、地下の現場が結露で水浸しになったことも。それを解決しないことには、作業ができない状況でした。

一柳:以前、別の案件で結露によって機器が故障するといった経験があったため、滞留する湿気の解消を急ぎました。JR西日本さんに大阪駅中の扇風機を集めていただき、大量の扇風機で湿気を飛ばす作戦を敢行して乗り切りました。

阿久津:2Dセンサーの誤検知が発生し、原因不明だったときも頭を抱えましたね。施工現場の粉塵が親扉に付着することで誤検知を起こしていたことを突き止め、レーザーの照射範囲の変更によって解決しました。

一柳:新製品を納品する場合、大なり小なりトラブルは絶対に起こります。その上、今回は新しい要素が多く試験すべき項目も明確ではありませんでした。そのため、これまでの経験で蓄積してきたノウハウをフルに生かすことで、さまざまな視点から懸念点を見つけ出し、数多くの試験を実施しました。それでも、運用開始1ヶ月前の列車を入れたテストの1回目でホームドアが開かなかったときは、全員冷や汗をかきました。さらに試験を重ねて、些細な懸念もフィードバックして詳細を調べてもらうことを繰り返し、運用開始までに仕上げることができました。振り返ればフィードバックは300件以上にも上りました。

坂口:「一柳さんが試験項目を徹底的に洗い出してくれたおかげで、現在の安定運用にこぎ着けることができた」と関係者の皆さんが仰っていました。運用開始の日を迎えて、多くの関係者やメディア、一般の方々も集まりましたが、最初の列車のドアが開閉する際にホームが「シーン」と静まり返ったことが印象的でしたね。その場の全員が、このホームドアの開閉を心待ちにしていたことを感じました。私はプロジェクトに加わった当時は怖いもの知らずでしたが、JR西日本テクシア(以下、テクシア)さんや先輩方の仕事ぶりを間近で見て、良い意味で不安を持って仕事をできるようになりました。

施工現場が水浸しになる事態に、大量の扇風機で湿気を飛ばす

プロジェクトメンバーの妥協なき改善と安全性の追求が実を結んだフルスクリーンホームドア。世界初の挑戦的なホームドアでありながら、大きなトラブルもなく安定稼働している

責任と覚悟と情熱を、次の世代へ。

今後の目標についてお聞かせください

新山:今回のプロジェクトは、未来の駅づくりという構想を持ったJR西日本さん、駅という特殊な現場の知識が豊富なテクシアさんとのオープンイノベーションと言えます。両社とのパートナーシップがなければ、世界初方式のフルスクリーンホームドアは実現しなかったと思います。この製品をそのまま横展開できる機会は少ないかもしれませんが、今後も両社とのパートナーシップを活かして多くの駅で今回の技術を取り入れていきたいです。

坂口:このプロジェクトを通じて、若手ながら現場監督もさせていただき、非常に良い経験となりました。そして、JR西日本グループの皆さんが当社に信頼を寄せてくださっていることを知り、先輩方の偉大さを実感しました。私も今まで以上に情熱と責任感をもって、技術力と経験を積み上げていきたいと思います。

片山:今回のプロジェクトで、ナブテスコの若手メンバーが目を輝かせていたのが印象的でした。世界初に挑戦するという点ももちろんですが、JR西日本さんにも会議に入っていただき、当社のメンバーともまるで自社の部下と上司のようにフランクに意見交換をしていただき、よい刺激になっていました。技術者は、人には分からない苦悩を抱えることが多いのですが、そういった点をJR西日本の皆さんに理解していただきながら仕事ができたことは、モチベーションにもつながっていました。大きなチャレンジやイノベーションへ挑む姿勢を、次の世代へ継承し、お客さまからの期待に応え続けていきたいと強く思いました。

最後に、イノベーション成功の秘訣はどこにあると考えますか

片山:今回のプロジェクトで多く出てきた「不安」という言葉は、インフラ事業に携わるナブテスコのメンバー誰もが直面する言葉なのかもしれません。
一方で、プロジェクトに携わったメンバーの話に耳を傾けると、そこからは絶対に成功させるという「責任と覚悟と情熱」がひしひしと伝わってきました。どれだけ難易度が高かろうが、ホームドアが安全に稼働しないなんてことはあってはならないからです。それぞれが悩み抜き、試行錯誤を重ねて壁を乗り越え続けた先に、世界初方式のホームドアが完成しました。ワクワクすることばかりじゃない。辛いことの方が多いかもしれない。それでも、社会に新しい価値を生み出していくナブテスコの挑戦者たちの「責任と覚悟と情熱」が、今後もイノベーションの“構想”を“実現”に導くと信じています。

写真左から
井上 覚太 住環境カンパニー 技術部 制御開発課
一柳 活子 住環境カンパニー プラットホームドア事業部 神戸制御設計課長
阿久津 昌兵 住環境カンパニー プラットホームドア事業部 神戸制御設計課
片山 薫 住環境カンパニー プラットホームドア事業部 シニアマネージャー
新山 智章 住環境カンパニー プラットホームドア事業部 神戸機械設計課
坂口 陵 住環境カンパニー プラットホームドア事業部 神戸機械設計課

取材:2024年1月

ホームドア事業

動式ホーム柵、フルハイト式ホームドア(列車風防止、空調効率向上、新交通システムでの無人運転を可能とするホームドア)の提供により、鉄道インフラの高い安全性と定時運行実現に貢献。可動式ホーム柵とフルハイト式ホームドアを合わせた世界シェアは約20%(当社推計)であり、特に日本、欧州、香港の先進国市場で活躍しています。

ナブテスコのイノベーション創出アプローチ

社内アイデア事業化制度「Light」

起業家精神を醸成し、イノベーションや新事業創出を目指す制度です。具体的には、事業アイデアをもつチャレンジャー(社員)が、アクセラレータ(事務局および外部の専門家)とともにアイデアをブラッシュアップし、コンテスト形式で事業提案に挑戦します。

オープンイノベーションを加速させる「ナブテスコR&Dセンター」

ナブテスコでは、オープンイノベーションを活用し、企業・大学との積極的な「社外連携」「大学連携」を図っています。京都リサーチパークに構えた「ナブテスコR&Dセンター」がその中心地。3Dプリンターによるプロトタイプ制作など開発スピード向上はもちろん、外部連携による多様な知見の採り込みやグローバルな技術人材の育成を推進しています。

攻めの知財管理へ「IPランドスケープ」

ナブテスコが中長期にわたるイノベーションリーダーとなるためには、知的財産戦略も重要なものと考えています。そこで、IP(知財)ランドスケープと呼ばれる手法で知財情報の解析を行い、市場や顧客のニーズ探索や競合等の技術動向の調査や新事業の探索、開発テーマの検証などを実行しています。